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広島高等裁判所岡山支部 昭和35年(ネ)21号 判決

控訴人(原告) 鷲尾勘解治

被控訴人(被告) 国 外一名

主文

原判決を取り消す。

別紙目録記載の不動産が控訴人の所有に属することを確認する。

被控訴人小高徳乃は、控訴人に対し右不動産につき岡山地方法務局和気出張所昭和二十五年三月二十日受付第八百四十五号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をなし、かつ、右不動産を引き渡せ。

被控訴人国は、控訴人に対し金三十万七千八百五十円及び昭和三十五年一月一日から右不動産引渡済に至るまで一年金三万六千七十四円の割合による金員を支払え。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

この判決は、第三項中不動産引き渡しを命じた部分及び第四項に限り、控訴人において各金四万円宛の担保を供するときは、それぞれの部分につき、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。別紙目録記載の不動産(以下、単に本件土地という。)が控訴人の所有に属することを確認する。被控訴人小高徳乃は控訴人に対し右不動産につき岡山地方法務局和気出張所昭和二十五年三月二十日受付第八百四十五号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をなし、かつ、右不動産を引き渡せ。被控訴人等は連帯して控訴人に対し昭和二十五年三月二十一日以降右不動産引渡済に至るまで一年三十坪につき粳三等玄米一俵の割合による金員(各年度末政府買上価格)を支払え。訴訟費用は被控訴人等の負担とする。」との判決並びに土地引渡、金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人国の代理人は、「本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決、被控訴人小高徳乃は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は

控訴代理人において、岡山県産粳三等玄米一俵の年度末政府買上価格は、昭和二十五年度金二千百六十八円、同二十六年度金二千八百十二円、同二十七年度金三千円、同二十八年度三千三百二円、同二十九年度金三千七百四円、同三十年度金三千九百二円であり、なお、損害賠償の請求は、被控訴人国に対しては国家賠償法により、被控訴人小高に対しては民法によるものである、と補充し、立証として、甲第六号証を提出し、証人鷲尾寧、粂こと平井くめの各証言を援用し、乙第五号証の成立を認めると述べ

被控訴人国の代理人において、控訴人の右主張事実を認めると陳述し、なお、本件土地の買収計画樹立の日は昭和二十二年八月十二日であると付陳し、立証として乙第五号証を提出し、甲第六号証の成立を認めると述べ

被控訴人小高において、控訴人の右主張事実及び甲第六号証の成立を認めると述べ

たほか、原判決事実摘示のとおり(但し、原判決五枚目裏三行目(本書二四八ページ三行目)の「(三)の(1)」を「(三)の(1)、(2)」に、同八、九行目(同上二四八ページ六行目)の「(三)の(2)」を「(三)の(3)」に、六枚目裏一行目の「石野伊三郎」を「石野伊七郎」に、「大森さよ」を「大森佐代」に各訂正する。)であるから、これを引用する。

理由

本件土地が控訴人の所有に属していたこと、岡山県知事が昭和二十二年十月二日右土地につき自作農創設特別措置法(以下、単に自創法と略称する。)第三条により小作地として買収処分をなした事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第五号証、乙第一ないし第五号証及び原審証人森登の証言を綜合すると、本荘村農地委員会は右買収計画を同年八月十二日に樹立したこと、同委員会は同二十三年六月二日右買収にかかる本件土地を被控訴人小高の夫であつた訴外小高敏男に対し売渡期日を同二十二年十月二日と定めて売渡計画を樹立し、右知事が同二十三年七月二日これを同人に売り渡したが、同人は同二十四年五月二十七日死亡したので被控訴人小高が直接被控訴人国から控訴人主張の如き所有権移転登記手続を受けた事実を認めることができる。

控訴人は、本件土地は農地でないから前示買収処分は無効である旨主張するので、先ず、この点について判断するに、原審証人石野伊七郎、大森佐代、藤原喜子、小田美津、石野玉太、中嶋雅一、原審及び当審証人平井くめ、当審証人鷲尾寧の各証言、原審における控訴本人、被控訴本人小高徳乃尋問の各結果並びに検証(第一回)の結果を綜合すると、

(一)、控訴人は、昭和十五年五月頃本件土地を該地上の本宅、離家、酒倉等の建物とともに買い受けその所有権を取得したが、岡山県和気郡三石町に建設中のクレー工場等の建築資材に充てるべく、同十六年頃右酒倉を、次いで同十八、九年頃右本宅及び離家を解体して搬出したこと、

(二)、被控訴人小高の所属していた同郡和気町尺所部落の婦人会は、昭和十六年頃から右酒倉跡地すなわち本件土地の東側約九十坪を、控訴人に無断で開墾して耕作をなしていたが、終戦後はその会員のうち希望者約十名位がこれを分割し、家庭菜園として耕作を継続していたこと、

(三)、右本宅等の解体作業に人夫として従事した小高敏男は、右作業終了後間もなく当時控訴人方に勤務していた訴外中嶋雅一を介して控訴人に対し、右本宅跡地を家庭菜園として貸与されたい旨申し出たが、当時、控訴人は、資材が出廻つた場合本件土地に家屋を建築する企図を有していたので一旦右申出を拒絶したものの、当時食糧不足の折であつたところから、結局右本宅跡の約十坪を、期間を定めず、無償でこれが使用を承諾するに至つたこと、

(四)、そこで、小高敏男は、間もなく右本宅跡地を開墾し家庭菜園として耕作したが、その翌年頃には庭木を伐り庭石を搬出し、右使用を許された範囲を超え、前示酒倉跡地を除くその余の土地の大部分を開墾して耕作するに至つたこと、

(五)、本件土地の地目はいずれも宅地であり、右土地の状況は、東・南側は田・畑に接しているが、西側の他人の宅地との間には〇・五間の通路があり、北側は幅約〇、七間の小川を距てて道路に面し、その小川の岸は石垣等で整然と積み上げられて二ケ所に洗場の設備があり、更に右小川には幅一、〇五間の石橋が架けられているほか、本件土地の略々中央部には井戸があつて宅地として造成されたこと明らかであり、更に右土地のうち四カ所にわたつてコンクリート片、石等が堆積されているのみならず、付近にはかなり住宅も存在し、右土地は一見して屋敷跡と見られること、

を認め得る。もつとも、前記証人石野玉太、原審証人桐山宗海、被控訴本人小高徳乃は、小高敏男は控訴人から本件土地全部を期間を定めず、賃料は二・三年耕作した後に定めるとの約定で借り受けた旨供述し、原審証人中嶋雅一も、小高敏男が本件土地全部を賃料は一年間無料とし庭木の伐採許可を得て借り受けた旨供述するが、右被控訴本人の供述によると、小高敏男が前記買収に至るまでの間控訴人に対し本件土地の賃料の協定、またはその支払いを申し出た如きことは全く存しなかつた事実が認められるのみならず、本件土地のうち酒倉跡の約九十坪については、既に被控訴人小高の所属していた前記婦人会が開墾のうえ耕作していたこと、控訴人が将来本件土地に家屋を建築する企図を有していたことは、いずれも前示認定のとおりであるから、小高敏男が控訴人に対し本件土地全部の貸与方を申し出たとか、控訴人が同人に対し庭木・庭石等の処分まで許したものとは認められず、これ等の事情に前顕各証拠とを対比すると、右各供述は、いずれも信じ難いところである。また前記証人中嶋雅一、被控訴人小高徳乃は、小高敏男が本件土地の耕作後右土地の納税をなしていた旨供述するが、右供述だけでは直ちにこれを肯認することもできず、他に、前叙認定を動かすに足る証拠は存しない。

ところで、自創法第二条第一項の農地に該当するかどうかを判定するに当つては、単にその土地の主観的目的、または公簿上の地目如何によつてのみ決すべきものではなく、その土地が耕作の目的に供せられているか否かによつて決すべきものであることはもち論であるが、耕作の目的に供せられているといい得るには、唯肥培管理されているという事実だけでは足りず、その土地の客観的事実状態如何によつて判断すべきものと解するを相当とするところ、右に認定した事実関係によれば、本件土地は、元来宅地として造成され、その地上にはもと相当広大な建物が存したこと、即ち屋敷跡であつたことは、一見明瞭であるばかりでなく、その地目はいずれも宅地であつて控訴人が将来家屋を建築する予定でいたところ、尺所部落の婦人会次いでその会員が控訴人に無断で右土地のうち東側約九十坪を家庭菜園として耕作していたこと、小高敏男が控訴人から使用を許されたのも本件土地のうち本宅跡の僅か十坪程度であつて、それも当時の食糧不足の事情から止むなく家庭菜園として無償で貸与されたに過ぎず、しかも右小高が耕作していたその余の部分は同人が控訴人に無断で庭木を伐り庭石を搬出して開墾耕作したというのであるから、右土地は肥培管理されていたとしても、普通の家庭菜園であつて自創法第二条第一項にいう農地に該当しないのみならず、同条第二項の小作地にも該当しないものといわざるを得ない。

次に、原審証人石野玉太、森登、桐山宗海の各証言を綜合すると、本荘村農地委員会は本件土地の買収に際し尺所部落選出の農地委員延藤茂、延藤正夫をして本件土地の実情を調査させたのであるが、同人等は、右土地を見分することによつて本件土地の状態及び前記酒倉跡の約九十坪は尺所部落の婦人会員によつて耕作されていることを知つたが、小高敏男から、本件土地は同人が昭和十八年頃控訴人から承諾を得て耕作しているが、もと宅地であつたため満足な収穫がないので賃料は二・三年耕作して収穫があつたなら支払うということで期限の定めなく借り受けたものである旨聞知するや、本件土地が農地に該当するかどうか、当時小高敏男が果して本件土地の全部を耕作していたかどうか、右耕作が権限に基くものかどうか等につき、控訴人に確める等の調査もなさず、漫然と右敏男の供述を信じ、本件土地は農地であつて小高敏男の小作地であると認めてこれを前記農地委員会に報告し、同委員会も右報告を軽信して本件土地を小高敏男の小作地と認定して前示買収計画を樹立し、岡山県知事において、これを買収した事実を認め得る。

右の事実に、前示認定事実を併せ考えると、前記農地委員は、本件土地の客観的な状態及び従来の利用状況を知り、若しくは知り得べかりしものと考えられるのであるが、これらは控訴人前記婦人会員等について当然調査すべきものであり、この点について調査したならば(もつとも、甲第六号証、乙第五号証によると、岡山県知事は本件土地買収令書の送達にあたり控訴人の住所不明を理由に告示の方法により、かつ、買収代金もまた供託している事実を認め得るが、原審証人石野玉太、森登の証言によれば、前記農地委員会は、控訴人が前記三石町に居住していることを知悉していたことを認め得るから、右農地委員が控訴人につき直接調査することが困難であつたとも考えられない。)おそらく本件土地を農地と認めなかつたであろうことはもち論、小高敏男の小作地と認定するにも至らなかつたであろうから、これを小作地としてした前示買収処分には、明白な瑕疵ありといわざるを得ない。

しかして、自創法第三条第一項第一号においては、小作地たることを買収の要件としているから、農地でないものを農地と認定し、かつ、小作地でないものを小作地として買収処分をなした場合、その瑕疵は重大なものというべきであり、しかも、その瑕疵が前記のとおり明白である以上、本件土地買収処分、惹いてはその売渡処分もまた無効であつて、本件土地は、なお控訴人の所有に属するものというべきである。

しかるに、被控訴人等は、前示買収、売渡処分が有効になされたとして控訴人の本件土地所有権の行使を妨げてこれが回復を困難ならしめ、控訴人の右土地所有者たる地位に甚しい危険を生じさせていることは、前叙認定事実に徴して明らかであるから、被控訴人両名に対し本件土地所有権の確認を求める控訴人の請求は、正当として、認容すべきものである。

次に、本件土地に対する買収、売渡処分がいずれも無効であり控訴人がなお右土地の所有権を有すること、小高敏男の死亡により被控訴人小高が被控訴人国から右土地につき売渡しによる所有権取得登記手続を受けたことは、いずれも前叙認定のとおりであつて、被控訴人小高が昭和二十五年三月二十日以降右土地を占有している事実は当事者間に争いがなく、控訴人が同二十九年六月十三日小高敏男の承継人被控訴人小高に対し本件訴状送達により本件土地のうち本宅跡約十坪の使用貸借契約を解除したことは、本件記録上明らかであるから、被控訴人小高は、控訴人に対し右所有権取得登記の抹消登記手続をなし、かつ、右土地を引き渡す義務ありというべきである。

控訴人は、被控訴人国の事務を取り扱う本荘村農地委員は自創法によつて要求される調査並びに手続を怠り違法に本件土地に対する買収、売渡手続を進め、被控訴人小高をして右土地を占有させた結果賃料相当の損害を蒙つた旨主張するので、この点について判断する。

ところで、既になされた行政処分が明白かつ重大な瑕疵を有するがため無効とされる場合でも、その処分が取り消されるか、或は訴訟においてその無効が確認されるまでは、一応、有効な処分として取り扱われるものであるから、その処分を受けた者は、事実上該行政処分の法律効果とされているところのものを承認せざるを得ないものであるところ、前叙認定事実によると、岡山県知事は、控訴人から本件土地を買収しこれを小高敏男に売却したが、右買収、売渡処分が明白かつ重大な瑕疵により無効であつて、本件土地がなお控訴人の所有に属するのにかかわらず、被控訴人国は昭和二十五年三月二十日右小高の妻である被控訴人小高に対し右売渡しによる所有権移転登記手続をなし、爾来右被控訴人においてこれを占有しているというのであるから、控訴人は、右買収、売渡処分後、行政庁においてその取り消しをなし、または裁判により取消され、無効が確認されるか、或は訴訟によりこれが引き渡しを受けるまではは、事実上これ等処分の効果を認めざるを得ないため被控訴人小高に対し本件土地所有権を主張してこれが引き渡しを求め得ないこととなり、結局、岡山県知事の前記違法な買収、売渡処分により本件土地を利用し得ないものといわざるを得ない。

そして、農地の買収、売渡処分等は、国家の公権力により強制するところの被控訴人国の行政事務であるが、自創法により知事は農地の買収、売渡等、市町村農地委員会は右買収、売渡計画の樹立等の権限を与えられていたのであるから、同委員会を構成する農地委員は公権力の行使に当る公務員であると解すべきところ、本件土地が客観的状態等からして農地でないのに小作地と認定してなした前記違法な買収、売渡処分が、被控訴人国の公権力の行使に当る公務員たる本荘村農地委員会の委員延藤茂、延藤正夫、その他の委員が、その職務を行うについて、少くとも過失に出た結果によるものというべきことは、前叙認定事実に徴して明らかであるから、被控訴人国は、控訴人に対し本件土地の使用不能による損害を賠償すべき義務ありというべきであるが、本件口頭弁論の全趣旨によると、被控訴人小高は、右買収、売渡処分が適法有効であることを信じて本件土地を占有し、そのように信ずるにつき過失も認め得ないのみならず、本訴において敗訴しても、起訴の時から故意、または過失があつたものと看做すべきものでもないから、他に格別の主張も立証も存しない本件においては、同被控訴人に対する損害賠償の請求は、失当として棄却を免れない。

進んで損害額の点について考えるに、本件においては、被控訴人国は本件土地に対する買収、売渡処分を任意に取り消し、又は裁判により右処分が取り消され無効が確認される等のことのない限り、被控訴人小高の右土地引渡済に至るまでの損害を賠償する義務ありと解せざるを得ないこと、前に説示したとおりであるところ、控訴人・被控訴人小高間の本件土地のうち本宅跡約十坪の使用貸借契約が昭和二十九年六月十三日限り解除されたことは前示のとおりであつて、本件土地の賃料が一年三十坪につき粳三等玄米一俵の割合(年度末における政府買上価格)であること、岡山県産粳三等玄米一俵の年度末政府買上価格が、昭和二十五年度は金二千百六十八円、同二十六年度金二千八百十二円、同二十七年度金三千円、同二十八年度金三千三百二円、同二十九年度金三千七百四円、同三十年度金三千九百二円であることは、いずれも当事者間に争いがなく、右玄米一俵の年度末政府買上価格が、同三十一年度は金三千七百九十八円、同三十二年度金三千九百十二円、同三十三年度金三千九百円、同三十四年度金三千九百十円、同三十五年度金三千九百三十四円であることは、関係法令によつて明らかであるから、被控訴人国は、控訴人に対し昭和二十五年三月二十一日から同二十九年六月十三日までは本件土地から前示本宅跡の十坪を控除した八畝二十七歩、同二十九年六月十四日から同三十四年十二月三十一日までは本件土地全部に対する賃料相当の損害金合計金三十万七千八百五十円(円位未満四捨五入)及び同三十五年一月一日から右土地引渡済に至るまで一年金三万六千七十四円の割合による賃料相当の損害金の支払い義務ありというべきである。

それならば、控訴人の本訴請求は、被控訴人等に対し本件土地が控訴人の所有に属することの確認、被控訴人小高に対し本件土地の所有権取得登記の抹消登記手続及び右土地の引き渡し、被控訴人国に対し損害賠償として右金員の支払いを求める限度においては正当であるから認容すべきものであるが、その余は失当として棄却すべきものである。

しかるに、原判決は、これと結論を異にして失当であるから、これを取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋英明 柚木淳 長久保武)

原審判決の主文、事実および理由

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告国に対し「別紙目録記載の土地につき岡山地方法務局和気出張所昭和二五年三月一六日受付の嘱託を以てなされた地目変更登記、及び自作農創設特別措置法第三条による買収登記嘱託書綴込帳第五冊第二八〇丁の登記はいずれも無効であることを確認する。」との判決を、被告小高に対し、「被告小高は別紙目録記載の土地につきなされた岡山地方法務局和気出張所昭和二五年三月二〇日受付第八四五号所有権取得登記の抹消登記申請をなし、且つ右土地を原告に引渡せ。」との判決を、被告両名に対し「別紙目録記載の土地は原告の所有であることを確認する。被告等は連帯して昭和二五年三月二一日以降右土地引渡済に至るまで一年三〇坪につき粳玄米一俵(三等米)の政府買上価格(各年度末価格)の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決、並びに土地引渡並びに金銭支払を命ずる判決につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、(一)原告は本件三筆の土地及びその地上の建物を昭和一五年七月五日訴外能村守美から買受け所有していたが、昭和二一年七月頃から漸次右建物を解体して原告の経営するクレー工場に移築し、本件土地を空地にしておいた。(二)ところが国は昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第三条により本件土地の買収処分をなし昭和二五年三月一六日右土地の地目を畑と変更登記し、同時に自作農創設特別措置法第三条により買収した旨の登記をなし、又右土地を昭和二二年一〇月二日被告小高徳乃に対し自作農創設特別措置法第一六条により右土地の売渡処分をなし、昭和二五年三月二〇日同被告は右土地につき所有権取得登記を了し、以後同被告は右土地を占有している。(三)然し、右買収処分は次の理由により無効である。(1)本件土地は自作農創設特別措置法第二条第一項に所謂農地ではない。即ち原告は本件土地上に、後日建築資材が自由に入手できるようになつた折に旅館乃至料亭を新築する予定であつたところ、前記昭和二一年七月頃、当時は戦後の食料不足の時代であつたので、被告小高徳乃の夫、亡小高敏男が訴外中島雅一を通じて右土地の一部五、六坪を家庭菜園として使用させてくれとの申込をしたのに対して、原告が家屋を建築するときは何時でも作物を取除く約束で、一時の使用貸借契約を締結し、同被告及びその夫は右部分の礎石の上に土をもつて野菜を栽培していた。又本件土地の残余の部分はその頃岡山県和気郡和気町尺所部落の婦人会の会員が食糧増産の名の下に、原告に無断で開墾して耕作を始めていたものである。この様に本件土地は、その一部五、六坪については宅地上に設けられた臨時の家庭菜園であり、その余の部分については当時現況農地ではなく、仮りに農地であつたとしても原告に無断で宅地を開墾したもので、この様な事情にある土地は自作農創設特別措置法第二条第一項に所謂「耕作の目的に供される土地」に該当しないものである。従つて本件土地を農地として買収した処分は当然無効である。(2)なお、仮りに小高敏男が原告の承諾を得て耕作していた部分が農地と認められるとしても、婦人会員の耕作している部分までも同人が借受けたのでないことは明瞭であつて、同人の借受坪数は不明であり、又本件土地三筆の相互の境界は入りくんでおり明確でない。従つて買収可能の土地が右三筆の内如何なる地番の如何なる部分に該当するかを特定され得ない。然るに、所轄農地委員会はこの点について自作農創設特別措置法の要求する調査をなさず、漫然三筆全部を一括して買収計画の対象としたものであつて、これに基ずく買収処分はその一部に買収可能の部分があつたとしても結局その全部が無効とならざるを得ない。(3)仮りに本件全部の土地が同法に所謂「耕作の目的に供される土地」に該当するとしても、買収令書の交付及び買収対価の交付がなされていない。即ち原告は本件土地に対する買収計画樹立及び買収処分当時岡山県和気郡三石町野谷において、五反田なる一字全体に及ぶ住宅兼工場を所有して同所に居住していた有名人であり、和気郡本荘村農地委員会の買収計画綴においても原告の住所は三石町である旨記載されていたにも拘わらず、県知事は所在不明者の場合と同様、買収令書の交付にかえ公告を以てし、従つて亦買収対価も交付していない。それ故右買収処分は当然無効である。(四)従つて亦、右買収処分が有効であることを前提とする前記(二)後段記載の売渡処分は、当然無効と謂うべきであるが、更に、被告小高徳乃に対する売渡計画の公告、縦覧及び同計画に対する県農地委員会の承認がなされていない点からも無効である。即ち本荘村農地委員会は最初被告小高徳乃の夫小高敏男を売渡の相手方と定めて売渡計画を樹立し、その公告縦覧の手続を経、更に県農地委員会の承認を受けたが、その後昭和二四年五月二四日敏男が死亡したので、本荘村農地委員会は売渡の相手方を被告小高徳乃に変更する旨決議し、ついで岡山県知事から同被告に売渡通知書が交付されたものである。この様に、同被告に対する売渡計画はその公告縦覧及び県農地委員会の承認を欠いているから、右売渡計画に基ずく同被告に対する売渡処分は当然無効である。(五)以上のように被告国の事務を行う本荘村農地委員会委員は、自作農創設特別措置法に要求されている調査並びに手続を怠つて違法に本件土地に対する買収並びに売渡手続を進め、被告小高徳乃をして本件土地を占有せしめ、被告小高徳乃も亦本件土地が自作農創設特別措置法に所謂農地に該当しないことを知り、且つ自己に対する売渡処分について適法な手続がなされていないことを知り乍ら、又は重大な過失によりこれを知らないで、前記昭和二五年三月二〇日以降これを買受名下に占有しているものであるが、原告は右不法占有により賃料相当額の得べかりし利益を喪失しているわけである。而して本件土地の賃料は一年につき三〇坪当り粳玄米一俵の年度末政府買上価格相当額である。

よつて、原告は被告等に対し各請求の極言のとおり確認並びに給付を求めるため本訴に及ぶと述べた。

被告国指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告請求原因(一)の事実中本件土地が原告の所有であつた点は認めその余は争う。同(二)及び(四)の事実中政府が昭和二二年一〇月二日本件土地を自作農創設特別措置法第三条により買収処分をなした事実及び被告小高徳乃が現在耕作している事実は認めるが、売渡の相手方は被告小高徳乃ではなく、訴外亡小高敏男である。即ち本荘村農地委員会は本件土地を昭和二二年一〇月二日を売渡期日として小高敏男に売渡すとの売渡計画を昭和二三年六月一〇日の委員会において定め、所定の公告縦覧手続を経て昭和二三年七月二日県農地委員会の承認をうけ、岡山県知事は小高敏男に売渡通知書を交付し売渡処分は完結し引続き小高敏男が耕作していたが、その後昭和二四年五月二六日死亡したので以後同人の妻である被告小高徳乃が耕作しているのである。原告請求原因(三)の(1)の事実は争う。即ち本件土地は、その全部について昭和一八年頃訴外中島を介して小高敏男が原告と使用貸借契約を締結し、爾来同人が開墾して耕作していた農地である。小作料を納めないことにしたのは開墾等に費用を要する関係で当分の間(二、三年)請求しないことにしたためであつて、一時の貸借であるからではない。原告請求原因(三)の(2)のうち、買収令書不交付の点は争う。岡山県知事は昭和二二年一二月二六日頃買収令書を発行し、本荘村農地委員会に令書の交付方を指示し、同委員会は更に三石町農地委員会に令書を移送し交付を依頼し、同委員会書記から原告に対し令書は交付された。然し原告はその受領書を提出しないので県は万全を期する意味で登記簿上の所有者の住所である東京都世田谷区世田谷一丁目三〇一番地を住所として買収令書を再製し、本荘村農地委員会を経由して郵送し、右郵便が住所不明で返戻されたので、岡山県公報昭和二三年四月一日公告第七七二号を以て買収令書交付に代わる公示をなし、買収対価は岡山地方法務局に供託したのである。原告請求原因(五)の事実上、本件土地を賃貸して得べかりし利益が三〇坪当り一年粳玄米一俵の割合であるとの点は争うと述べた。

被告小高徳乃は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、被告国と同一の陳述をなし、なお原告と小高敏男との使用貸借契約は期間の定めなきものであつた、又本件土地の近隣の賃料が三〇坪当り一年粳玄米一俵であることは認める、と附陳した。

(立証省略)

理由

原告が本件三筆の土地を所有していたところ、政府は昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第三条により本件土地の買収処分をした事実は当事者間に争いがない。そこで次に右買収処分の適法性について検討する。

(一) 原告請求原因(三)の(1)(2)について。

証人石野伊三郎、同平井粂、同大森さよ、同小田美津、同中島雅一の各証言、検証(第一、二回)並びに原告及び被告小高徳乃の各本人尋問の結果を綜合すれば、本件土地は原告がその地上建物と共に昭和一五年五月二〇日買い受け所有したが、昭和一六年頃工場建設の資材に充てるため右建物のうち酒倉を取毀し、残部の建物(本宅部分)は昭和一八、九年頃取毀した事実並びに右酒倉跡の敷地を昭和一六年頃から尺所部落の婦人会会員が原告に無断で開墾して耕作を始めており、又本宅部分の敷地は、昭和一八、九年頃訴外中島雅一の仲介により原告が被告小高徳乃の夫敏男に対し、期間及び対価、使用土地の範囲等につき明確な条項を取きめず、野菜等を栽培することを許可し、被告小高夫妻は右本宅敷地部分を開墾して耕作を始め、本件三筆の土地は一部瓦礫の集積部分と井戸跡とを残して完全に耕地化され、その状態が前示買収処分時を継続していた事実が認められる。原告の小高に対する右許諾が一時的のものである旨の原告本人の供述はそれを裏付ける情況がないので措信し難い。この様な土地が自作農創設特別措置法に所謂農地として買収の対象になるかを考えると、尺所部落婦人会員の耕作部分については、原告所有の宅地を無断で耕地化したものであるから、これを耕作の目的に供される土地として買収することは違法であると謂わなければならないが、買収計画樹立時においてその現況が耕地の様相を具備していたのであるから、その買収処分は当然無効ではなく、取消し得べきものであつたに止まる。又被告小高夫妻耕作の部分については、その部分が耕地の現況を具えている上にその耕地化について原告の許諾(一時的のものと限定していない許諾)があつたのであるから、原告が将来右地上に折をみて家屋を建築する希望をもつていたとしても、耕作の目的供される土地として自作農創設特別措置法による買収の対象となるものと謂うべきである。仮りに一時的な使用を認められたものであつて同法に所謂農地に該当しないとしても、買収時の現況が前記のとおりであつた以上買収処分が当然無効と謂えないことは、婦人会員の耕作部分の場合と同様である。従つて本件土地の一部又は全部は農地ではないからその買収処分が当然無効であるとする原告の主張は採用し難い。

(二) 原告請求原因(三)の(3)について。

証人森登の証言によれば、本件土地については買収計画の樹立公告縦覧並びに県農地委員会の承認があり(以上の点については原告も明らかに争わない)、県農地委員会は買収令書を本荘村農地委員会に送付し、原告に交付する様に依頼し、本荘村農地委員会書記の訴外森登は、当時原告が居住していた三石町の農地委員会書記斎藤某に更に買収令書を郵送して、原告にこれを交付し且つ受領証を徴する様に依頼し、右依頼により斎藤書記は買収令書を原告に交付したが、原告は受領証の提出を拒んだ事実が推認される。右認定に反する証拠はない。又買収対価の点については、買収対価の不交付は買収処分を当然無効ならしめるものではないから、主張自体理由がない従つて買収令書並びに買収対価の不交付を理由とする買収処分当然無効の主張も亦採用し難い。

以上のとおり、本件三筆の土地に対する買収処分無効の主張はいずれも採用し得ないものであること明瞭であるから、その余の請求原因事実について判断するまでもなく、買収処分無効を前提としてのみ成立しうる原告の本訴各請求は全部理由がないこと自明であつて、失当として棄去すべきものである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(岡山地方裁判所昭和三四年一二月一日判決)

(別紙目録省略)

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